愛される粗大ごみ
大晦日頃からの自律神経失調症が完全によくならないまま、不整脈が始まった。
不整脈はちゃんと眠れていないことが原因で起こると、メンタルクリニックの先生は言っていた。
先週のメンタルクリニックへの通院時、抗不安薬の種類を変えてもらい、よく眠れるようになったはずなのに、不整脈の日が続いている。
動けないわけではないが、できれば横になっていたい。
タロウのことを心の底からかわいいと思えない。私の感情は、体調の不愉快とタロウへの不満で一杯だ。
私は生きる価値があるのかな。私は実家の家族にとって邪魔者だ。
ダンナも今の私を邪魔者と思っているに違いない。
ダンナは私への不満や憎しみを溜め込んでいるようだ。
いつかバブルが崩壊することだろう。
そしたらきっと、ダンナは私から離れ、タロウと暮らすだろう。
または、私の代わりに義母を呼び、気の合う者同士暮らすのだろう。
もしそうなったら、私はそれなりのことを考えているが、ここには書けない。
ダンナの立場に立ってみれば、言葉の暴力や態度の冷たさ、全てが理解できる。
私のような嫁は嫌だよね。最悪かもね。 私もね、私のことが嫌だよ。
でもこれでもね、最善を尽くし、努力したつもりなんだよ。
それを私が強く強く訴えてきたのに、理解しようとしないね。
今、横で私にうっとりするタロウがいる。
大好きな私の耳を触りながら目を閉じた。
フワフワ気持ち良く夢の中へ。 口の足りないダンナの考えていることはよく解らないが、ダンナは私一人に不満や憎しみがある。
けど、タロウが一番好きなのはこの私なのだよ。
…突然、涙が溢れそうになった。
人前で泣けない私は、急いで涙を引っ込めた。
元々泣き虫なのに、強がりなんだよね。
私は運命を呪っている。
ダンナも私もタロウも、誰も悪くないと思いたい。
呪いの中に生きている私は、タロウからの愛情を目の当たりにすると、申し訳なくて涙が溢れそうになる。
話はそれるが、今回の自律神経失調症のように苦しんだことが過去にも一度ある。
小学3年生の時のことだ。
今でも嘔吐恐怖としてトラウマになり、引きずっている。
嘔吐恐怖により、夫婦関係や育児に多大な悪影響を及ぼしている。
母に当時のことを聞いてみた。
植物状態に近い祖父の転院、そして死亡。
祖母と同居の実家は、バタバタしていただろう。
私はクラス替えで落ち着かない時だっただろう。
そんな時に強烈な吐き気に襲われた。
ごまかしごまかし生きてきたが、あの時のしこりを小さくすることはできないままだ。
死ぬまで無くなることはないのだろう。
最善策よりも最善策は?
パニック障害の本を開くと、『広場恐怖』という言葉が出て来る。
『広場恐怖』とは、パニック発作が起こりそうな場所や状況に不安を感じることらしい。
パニック障害患者の七~八割の人にみられるそうだ。
タロウを産む前、私は“軽い広場恐怖”で悩んではいたが、生活に大きな支障はなく、それなりに楽しく暮らしていた。
ちょっと書くのがつらいけど、私は“頻尿体質”だ。
持病に近いが、病院で検査したら異常がなかった。
私の『広場恐怖』が、新たな要因=タロウで悪化したことに気づいた。
今さらながら気づいた。
私はタロウに怯えて生きている。
タロウは私にとってパニック発作のようなものかもしれない。
タロウと二人きりでいること、遠出すること、乗り物に乗ること、○○館△△院□□園に行くこと、全て怖い。
パニック障害の本に書いてある通り、『広場恐怖』は『回避行動』につながる。
日常生活で『できないこと』が多くなり、精神的なエネルギーが低下し、『何もやりたくない』状態へと陥る。
これが鬱状態。
今の私。
外との繋がりを絶つことで、タロウと私の心の平和を保とうとしているが、私は無気力でむなしい。
悲しいことに、経験上これが最善策なのだ。
家庭崩壊
今までの話とダブるが、ダンナにとって私は、私にとってのタロウらしい。
ダンナいわく… 私のせいで友達を失い、楽しみも何もかも奪われた。
私はタロウを産む前から崩壊していた。
それが今濃くなっているだけのこと。
自分のことしか考えてない。
一人では何もできない。
全て納得がいかないと気が済まない。
人を蹴落としてでも納得を手に入れる。
謝らないし、お礼を言わない。
俺達は“夫婦”じゃない。
思考が白と黒しかない。
とにかく、ボロクソな指摘の大波をかぶった。
私の生き様を、バッサリ切られた。
私は白と黒の思考しかなく、グレーがないらしい。
だから、ダンナのグレーな考え方が理解できない。
私の白黒思考とは、多分こういうことだ。
「ダンナがしてくれる育児はこういう点では満足だが、こういう点は足りないから、総合的に不満足」
といった具合に、満足以外は不満足と判定してしまう。
頭では分かっていても、白黒判定しないとモヤモヤしてしまう。
「つまり私が悪かったってことね。じゃあこれからは何も言わないよ」
そう言うと、
「また白か黒だ。もう何も言わない方がいいよ」
爆発寸前だから触れるな、というわけだ。
療育や保険センターの保健師が包み込むように私を癒してくれるのは、それが職業だからだ。
いつも「疲れた。多忙だ」と言っているダンナにぶちまけるのが間違いだった。
夫婦も他人だから気を使わなければならなかった。
夫にこそ全部理解して、認めて欲しいという願望が間違いだった。
タロウのことはダンナの様子をうかがいつつ話せということだ。
タロウが育てにくいことを言い訳に、甘えてはならない。
ダンナは私が障害者だと言う。
私も否定しない。
ダンナの言うことを理解できない私は、私の言うことを理解できないタロウと同じなんだね。
私は心の病に苦しめられ、発狂しそうになる。
「病を治そう。薬でごまかし、何とか耐えよう」
これでも、精一杯、絶望を乗り越え、妥協してやってきた。
ダンナは私のことを一応認めてるらしいが、私の心に届くような伝え方をしない。
お腹にいるタロウが男の子と分かった瞬間、大喜びのはずが、マンガから顔を上げなかった。
タロウがお腹の中でたくさん動いてるから触るように言っても、眠くて触らなかった。
これで気持ちが伝わる訳ない。
ダンナは半年だけ待つらしい。
改善がなかったら、私は一人捨てられる。
腑に落ちないけど、仕方ない。